最高裁で原告になった母親は僕の活動の原点だ
選択的夫婦別姓訴訟の原告である母の存在が、政治をタブー視する風潮と戦う自分の原点になった話。
今私は学生団体ミラコエを立ち上げ、代表として政治をタブー視する風潮と戦っている。
そんなこともあってか、政治や社会参加意識は他の同年代と比べても、物凄く高い方だとは思う。
なんで、そんなに社会参加意識が高いのか?その原点には両親がいる。 昔から感じていた事を、簡潔に書きたいと思う。 正直語り足りないが、読んでもらいたい。
私が心に残っている経験は、物心がついたときに
両親の苗字と、兄弟の苗字が異なっていたことに気づいた時だ。
物心つく前は特に何も気にしていなかった。だが、小学校入学以降のタイミングで周りの家庭と比較することが増え、違和感を持つようになった。
家にたまに、テレビの取材が来ることがあった。当時はよくわからなかった。 母親は大学の先生。父親は当時は公務員だった。2人が結婚する時、片方が苗字を変えるということのハードルが凄く高かった。 そのため、両親は夫婦別姓を選んだそうだ。
僕は、母親と妹とは苗字が違うことがバレるのが凄く怖かった。 昔から、『人と違う』ことを凄く恐れるタイプで、なんとかこの事実を隠したいと思った。 僕の友達と、妹や母親との交流が増えると、必然的に**「なんで苗字が違うの?」**と聞かれることが増えた。
小学生は純粋だ。別に離婚してるわけでもないし、家族は円満なのでいいんだが、平気でストレートになんでも聞いてくる。今考えたら面白い。 しかも、「なんで」と言われても当時は困った。別に僕が選んだことでもないから。結局うまく答えられず、笑って誤魔化していた。
高校生の頃、学校の授業などでもこの選択的夫婦別姓の問題について学ぶこともあり、自分なりに色々と調べてみる機会が増えた。以前は、人と違うのが凄く嫌で隠したいと思っていた自分のこの感情を、改めて見つめ直す機会になった。
両親は共に働いていて、苗字を変えると不都合が起きる。
それだけでなく、苗字は彼らのアイデンティティなのだ。それを守ろうとしている。別に誰かを傷つけることでもない。純粋に権利を主張している両親に尊敬するようになった。 僕は、家庭の都合もあって政治的表現に身近な場で育ってきた。 だから今の日本はもっと政治的に活発になってもいいのではと思う。 幼い頃に感じていた**「違い」を隠したくなる気持ちは、今の日本の政治をタブー視する風潮**に少し似ていると感じている。
世界を見る機会も増え、日本ほど健全な民主主義が成り立っている国はごく僅かだと感じた。だが、この権利の上に眠る人がいかに多いことか。
**政治的な表現の権利は誰もが持つもの。**それを認める、すなわち、他者の異なる意見を認め、話し合える文化が今の日本には必要だと強く訴えたい。